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2009年1月

2009年1月30日 (金)

王貞治

最近めっきり野球をみなくなったけど、子供の頃からずっと巨人ファンでした。
北九州市民球場に巨人がオープン戦で来てくれるのが毎年とても楽しみで、その中でもやはり王貞治がなんといってもあこがれ。
本物かどうかわからないけど王選手のサインボールを父親がどこからかもらってきてくれてずっと宝物だったのを良く覚えている。

その王さんがたまたまテレビをつけたら長嶋一茂さんと対談していて、「人生は巨大迷路のようなもので、上から見るとわかるけど、本人は壁にぶつかりながらもがいている」と。
そして「人は必ず変わる。でも、変わるのであれば悪い方でなく、いい方に変わろうよ」と。

その言葉が素直にするっと僕の心の中に入り込んだ。

2009年1月29日 (木)

山中伸弥先生

この時期は報告書づくりなどが立て続けにあり、しかも今月も15くらいの論文のreviewやhandlingが回ってきました。
書きたい論文があるのになかなか時間が割けずストレスがたまりにたまってます。

山中先生について数ヶ月前に書いたけど、アップしていないものがあったので、下に記します。

山中伸弥先生という方
僕はサイエンスも好きですが、個性的なサイエンティストも好きだし、その人の生き様にも非常に興味があります。身近にいる人をここにあげると角が立つので、敢えて山中先生を取り上げてみたいと思います。
これまで彼の講演を3回聞きましたがどれもほとんど同じ内容で、タイトルはそれなりに違うのに・・・とも思うのですが、まあ、それは愛嬌ということで。
以前六甲カンファレンスというマニアックな会で山中先生と夜中まで一緒に飲んだことがあって、その時はやはり非常にユーモアがあって気さくなノリがいい先生という感じでいわゆる「研究者」という感じでは全くなかったです。
僕は彼の仕事は画期的な仕事だと思うのですが、彼と同レベル、あるいはもっと緻密な研究をしている人が世の中にたくさんいます。しかしながら、山中先生が他の研究者と比べて際だっているのは、研究の方向性におけるvisionです。これは凄いです。時代の流れを先読みして、重要となるはずのテーマに焦点をあて、真っ向からとりくんでいく。策士としての一面を感じずにはいられません。

これからこの領域は臨床に近いことでどんどん発展していくと思いますが、同じようなねらいに対して無数の研究者がたかってくるいわゆるハゲタカ研究になると思われ、ちょっと気の毒な気がしますが、どんな新しい切り口で攻めていかれるのか今後を楽しみにしています。

彼のような人を世間は放っておかないでしょうが、もう少しそっと研究に打ち込ませて上げてもいいのでは、とつくづく思います。山中先生は自分のサイエンスに対する我を捨ててiPSの発展に尽くす覚悟を決めてしまったような気がしてそれが残念な気もしますが・・・。

話はもどりますが、山中先生自身、僕らにVW(vision and hard work)が大切だとアドバイスしてくださりました。日本人は、hard workerだけど、visionがしっかりしていれば、もっとすぐれた研究者になれるのに・・・、という思いが強くあるのでしょう。

2009年1月25日 (日)

スカイクラブ2

以前ちょっと触れたことがあります。
http://cabio.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-38a4.html

今回は東京で行われました。僕の発表も1時間半あり、みんな異なる専門を持っているので、普段免疫系の会では指摘されないような質問を受けて楽しみました。
特別講演は橋本公二先生(愛媛大皮膚科教授)の薬疹を研究し続けた理由や歴史を語っていただきました。
印象に残った言葉は、「自分と違う意見の人やライバルを大切にしなさい」ということです。
DIHSの発症機序に関しては、ずっと杏林の塩原先生とことなる意見だったそうですが、そのために研究面で大きな進展が生まれたそうです。

なるほどですね。

僕も皮膚科や免疫学の分野にいい友人やライバルがいて、そういう人に支えられているということを改めて感じました。
世の中えてして狭い世界でみみっちく身近なライバルと足の引っ張り合いをしてしまいがちです。しかしこれほどばかげたことはなくて、研究は世界に向けて発信することに意味があるので、大きな気持ちでライバルと共に高めあうことが必要でしょう。
あと、僕は基本的に負けず嫌いなので、周りが頑張ってくれる方が気合いが抜けなくていいというのもあります。
ちょっと心配なのは小さな教室であれ、ボスになるとうっかりするとその場に安住してしまうことです。うちの大学院生らの下からの突き上げ期待してお待ちしています。

そして、今日、ちょっとこれまで悶々として行き詰まっていた研究テーマに進展がありました。
インドネシアからの留学生のCatrinは自分の目でしっかりみて、自分の頭で考えています。素晴らしい。彼女の指摘によって、いろいろと調べていくうちに、いい仮説がうまれてきました。
当たれば「ものすごい」研究になります。
後輩からいい刺激を受けました。

2009年1月22日 (木)

増えるばかりのpaper work

病院、大学などどこでもpaper workは増える一方で、また、遺伝子改変マウスの作製もいろいろと大変な時代を迎えそうです。
http://www.nature.com/news/2009/090121/full/457371b.html
この傾向は避けることはできそうもなく、我々の限られた時間をこういったことに一定時間さかなければならないということは、仕方ない流れとわかりつつも、大きな損失だと思います。
柳田先生は本来の仕事とそれ以外の労力を4:1にするように心がけているとのことです。
それくらいの気合いで、たまには軋轢を生じてもしゃーない、くらいの気持ちがなければ本当にやりたいことを成し遂げるのは困難な時代になるだろうし、すでにそうなっている気もします。

2009年1月20日 (火)

銀杏BOYZ

このブログの訪問者は以前はずっと数人だったのに少しずつ増えてくるとなんとなく遊びのこととかふざけたことなどを書きづらくなってきて、これではあまりよろしくないと・・・。
ということで、今回は音楽の話題で。
僕にとって、ストレス発散の方法の一つにライブに行くことがあるのですが、京都に戻ってからは忙しくなったのか、老いたのかめっきり行かなくなってしまってます。
そんな中でも銀杏のライブがあれば、万難を排して行きたい・・・。
ボーカルでありかつ音楽も作っている、峯田和伸氏のことを全く知らない人は彼の音楽を聞いても単なる騒音にしか聞こえないと思うけど、「アイデン&ティティ」という映画をみたり、「恋と退屈」やくるりとの対談をよんだりすれば、彼の良さが(一部のひとには)わかってもらえるのでは?そういう意味で、僕は今、artistのたぐいの方の中では、彼や、最近はちょっと切れ味が鈍ってきましたが、藤原新也などの文章を読むのは好きです。もちろん柳田先生や広田先生、島岡要先生のブログも啓発されています。
ちなみに峯田氏のブログはここです。
http://blog.livedoor.jp/koi_to_taikutsu/
で、今年も彼は健在。女性はよんだらダメだ、と言うことの記事(http://blog.livedoor.jp/koi_to_taikutsu/archives/51183878.html)も千葉大のN先生ならOKでしょうか?
ライブには行けなくても、彼のブログをたまにのぞくといい息抜きになります。

2009年1月19日 (月)

成宮先生の還暦祝


円山公園の長楽館にて行われ、京大で現在勤務中の成宮門下生が集まりました。
40人ちかくいたでしょうか?
みんな多かれ少なかれ成宮先生の考え方などの影響を受けていることと思います。
最後に成宮先生からのスピーチがあり、感銘を受けたのは、今自分がこうしていい研究成果を出せたり仕事を楽しくがんばれているのは、みんなが実験してくれたからだ、ということです。これは単にみんなががんばった、と言う意味でなく、みんなが出したデータを見て自分が考えたり、調べたりしてやってきたのだ、ということです。
確かに成宮先生は僕らがどんなに些細だと思ったり、つまらないと感じる失敗と思ったデータも真剣に考えてそこから何かを見出そうとします。
これは自然科学を行う人間には非常に大事な姿勢だと思います。
あと、成宮先生は、若い頃からいかにしてボスに追いつけるかを考えていたそうです。
うーん、そこまで大それた事は考えずとも、いつもボスならどう考えるかな、というのは意識します。ただ、それをみんなに強要したらみんな衰弱するので意識するだけですが。

会が終了した後、ぼちぼちみんなとしゃべりながら研究室に戻ってきましたが、既に成宮先生のお部屋は電気がついていて、仕事をやっている模様。60をすぎても勢いはあまり衰えそうにありません。

ちなみに我々からのプレゼントは任天堂のDSでした。さらに筆まめ?か何かのソフトもつけていて、字をきれいに(丁寧に?)書いて欲しい、という我々の願いです。論文添削の時の字は達筆すぎて読めないことが多く、秘書の新井さんには随分解読をお願いしていましたから。

60歳になったときに、こうして門下生が集まるというのは、素晴らしいことで、そういう人生を送ることができるように後輩を育てていきたいと思います。

2009年1月18日 (日)

ただいまー、きたきゅー

生まれは岐阜(高山)、その後、名古屋—北九州ー橫浜(茅ヶ崎・藤沢)−千葉—京都—横須賀—シアトルー京都—サンフランシスコー北九州—京都
と転々としてきていますが、北九州が17年ちょっと、京都が12年とこの二つの都市が圧倒的に長いため、小倉や京都に来ると、ホッとします。一方東京や大阪の喧噪はどうしても人疲れを感じてしまいます。
今回は、いつもの産業医大でのリサカンと同門会新年会に参加してきました。4次会の締めはいつもの「マルハ」前の屋台ラーメンです。今回は腹一杯で替え玉できず・・・。
毎年新年会のときに年報ももらえるのですが、産業医大皮膚科の年報はかなり読み応えがあり、戸倉先生の恒例の約10ページにわたる「○○年を振り返って」に始まり医局員みんなの意外な一面が明らかにされます。
こういうことをするのはある意味面倒くさいという点もないわけではないのでしょうが、楽しみながらみんなやってしまうのが、産業医大の本当にいいところ。この結束力の強さは揺るぎないものへと進化している気がします。
産業医大の2008年の業績は英語論文が50くらい。また、卒後3年目で入局したばかりのS君は、既に日本語論文5つ、英語論文4つを書き上げ、さらに5つくらい書いている途中のようです。こうやっていいサイクルに入ると若手もどんどん育っていきますので、産業医大はさらに進化していきそうです。
京都のうちらのグループも一年足らずですが、いい感じにまとまってきつつあるのを感じます。戸倉先生のあの人間的魅力にはかないませんが、無理に背伸びせず、今はひとつひとつ目の前の目標を達成していき、いいグループをつくることができればいいなと感じます。皮膚免疫の世界では世界トップレベルでありたいです。

2009年1月17日 (土)

村田さん来京

僕の大学院時代のボスである村田さんが先日京大に寄ってくれましたので、一緒に夕食しました。彼は僕が大学院に入る数年前に成宮研に来られ、当時遺伝子欠損マウスが徐々に日本で始まりつつあった頃、これらのマウスの作製と解析を進めてNatureなどの一流紙に論文を通した強者ですが、彼のもう一つの伝説はよく働き、かつ「厳しい」ということです。
そんなことはつゆ知らず、僕は彼のもとに弟子入りすることになりました。

1.データの解析と考察はその日のうちにやる:
実際自分もその方がすっきりできるので、そのようにしていました。しかしながら、村田さんと12時近くまで実験して、村田さんが帰った後で解析と考察をしてから家に帰ると大体夜中の2時か3時をまわります。そこで実験の簡単なミスに気付いた場合、実験した日のうちならやり直しがきくことがあるので、そのまま実験に突入するとどうしても徹夜になってしまいます。
そんなめちゃくちゃな日々をずっと送っていました。

ある週末、夜中2時頃まで村田さんと一緒に仕事をして、彼が帰ったあとで、僕はデータの解析をしてから帰ったので、大体4時か5時頃ラボを出て、次の日9時10分頃ラボについた日がありました。
普段村田さんは、「じゃあ、明日9時から実験をしましょう」といって、大体夜中の12時頃帰られるのですが、かならず9時半から10時の間に来られるので、安心していたのですが、なぜかその日は朝9時10分に着いた時点で大学におられたわけです・・・。

彼は鬼の形相で「君のように時間に遅れるようないい加減な人はうちの研究室にはいりません。ラボをやめてください」とのこと。

その後も、盆休みも正月ももちろんありませんでした。
そんな生活をずっと送っていましたが、不思議と研究することが楽しいばかりでほとんど苦に感じることはなかったように思います。

こうして上司ががんばっていて、しかもラボ全体の活気があって、新しいことをみつけたりすることが楽しいと思うことができれば自然とそうなるものだと思います。
まあ、僕の例はちょっと極端だとは思いますけど・・・・。

2009年1月11日 (日)

皮膚科専門医向けの講演(その後)

接触皮膚炎のメカニズムの講演をしてきました。
行きの新幹線の中で、あるモデルをもちいて接触皮膚炎を考えるとわかりやすいのではないか、と思いたちました。
すなわち、表皮角化細胞をある家の警報器、樹状細胞をその家に住んでいる人、リンパ節を近所の派出所、T細胞やB細胞を実働部隊(警察官、消防士、救急隊)と考えるわけです。おそらくこのブログをよんでいる人も意味がさっぱりわからないでしょう・・・。
ということで、行きの新幹線と講演会場で、スライドを突貫工事で作ってみましたが、返ってわかりにくくなってしまったかもしれません。残念です・・・・。
今後徐々にこのモデルの完成度を上げていっていつかは一般の人にもわかるような内容に仕上げたいと感じました。
また、講演会場では、専門医は取りません、と言っていた産業医大のY先生がいたり、尾道総合病院のN先生、久留米のO先生など普段はなかなか会えない後輩の姿を目にしてうれしく感じました。
少しは役に立てる内容になったかなあ・・・?ちょっと心配。

2009年1月10日 (土)

医学部学生講義

2日前の8日に医学部4回生に「アレルギー最前線」というタイトルで講義をしました。昨年は10人ちょっとしか参加者がいなくて京大は相変わらずだな・・・、という印象を持ちましたが、今年は4-50人くらいいて、ちょっと驚きました。しかも結構みんなまじめに授業を聞いていて、学年の雰囲気というのは毎年結構異なるものだと改めて実感しました。
僕は学生時代結構授業には参加した方で、しかも大体一番前に座ってましたが、今になって振り返ると当時の授業の内容を「全く」覚えていない・・・。どこかに潜在的に残っているものが少しはあるのかも知れませんが、結局人間はそんなにたくさんのことを器用にできるわけではないのでしょう。
そういう自分の体験もあって、授業の3分の2は学問をやりますが、残りの3分の1は学生時代、あるいは医者になってから少しくらいは役にたつかも知れない雑談というか、体験談というか、研究の話というか、皮膚科の宣伝というか、何とも言えない話をするようにしています。もともと僕は話し上手ではないので少し不安ではありますが、単なる知識を教えるだけよりも、考え方とか、生き方を少しでも考える機会を提供してあげることができればと思っています。

2009年1月 9日 (金)

皮膚科専門医講習会

皮膚科の専門医になるためには何度か講習会を受けねばならず、僕も数年前は何度かそのためだけに東京まで足を運びました。皮膚科学会の総会の最終日などにやってくれればいいのにと思っていましたが、今の若者にとっては東京へのんびりしに行く良い理由になっていいのかもしれませんがどうなのでしょう?

その講習会で「接触皮膚炎の発症機序」について話をすることになりました。あまりこういう場で基礎的な話をしてもうけないのはわかっているのですが、接触皮膚炎の発症プロセスは全ての皮膚免疫応答の基礎をなしているものであり、そこをしっかりと理解しておくことは非常に重要だと僕は考えます。僕自身接触皮膚炎の研究を始めてちょうど10年経ちました。その間にいろいろな進歩があります。当時はTregやTh17もなかったし、immunological synapse、皮膚樹状細胞のサブセットとその役割、バリアと免疫の関連などいろいろなことがわかってきました。しかし惹起相の抗原提示細胞や、各外的刺激に対してどのようにTh分化が定められていくのか詳細はわかっていません。さらに、治療薬のオプションも免疫抑制剤の外用などが出てきたものの、発症機序に根ざす特異的治療はありません。
皮膚科という臨床医に残された課題はたくさんあり、そうであるが故に、僕自身もまだまだやりたいことがたくさんあるわけです。
日曜日の講習会はちょっとレベルを高めに設定して話をしようと思います。少しでも多くの若い皮膚科医が「医学の発展への貢献」ということにも関心を持っていってくれればいいのですが・・・。

紀伊半島一周

1月2-4日まで2泊3日で紀伊半島一周の小旅行に出かけました、太平洋側は日差しが強く感じる。車で数時間走るだけなのになぜこんなに違うのだろう?
京都も北九州も冬は毎日どんよりした天気が続き、朝から気が滅入るけど、紀伊半島、静岡、房総、南九州、四国の南側はいいなあ・・・・。
紀伊半島一周では、熊野古道をハイキングしたり、久しぶりに釣りをしたりしてのんびりしました。
なかなか大きいのもつれて、そこの旅館の板前さんが、お造りにしてくれました。
やっぱ自分で釣った魚はうまい。

一応朝型計画は続いていて、三日坊主ではないです。
おかげで仕事はまあまあはかどっています。

2009年1月 6日 (火)

研究業績を評価すると言うこと

研究者にとって、自分が満足のいく実験を行うことはもちろん大切ですが、いかに自分の仕事が他人に評価されるか、ということが重要であることは否めません。
恐ろしいことに、教授になる際には、その科の専門でない教授陣によって選考されることが常であります。
評価法の一つにimpact factorや引用回数が用いられることが多いようですが、正直僕はどちらもあまりぴんと来ません。cloningの仕事やmutation、technologyの研究などは引用される回数が必然的に高くなり、逆にあまりに完成度が高く、他の研究者にとってやることがなくなるくらいやり尽くされた大作は意外に引用されなかったりすることもあります。
そのあたりの問題は古今東西同じはずで、島岡要先生のブログに詳細が記されています。
http://harvardmedblog.blog90.fc2.com/blog-entry-304.html
自分自身はできるだけたくさん引用されるより普遍性のあるprincipleを目指した研究をしようと心がけていますが、理想と現実の乖離も否めません。

ちなみにまだ朝型の生活は続いています。みんなには1月一杯すらもたないだろう、と言われていますが・・・。たしかに超夜型だった自分には厳しいところもあります。

2009年1月 4日 (日)

2009年の目標

1.朝の時間を大切にする
今年はラボの論文を形にしていくことが求められています。自分の時間を確保するのはなかなか容易でないことがわかり、フレッシュな頭で生産的に活動できるのは朝しかないので、今年は朝型に際チャレンジします。
2.メンバー全員の論文を一つずつ
京大のメンバーは一年に一本ずつ論文にすることを目標にしています。
今年度は必ず一本ずつまとめていきます。どんなに素晴らしい論文も実際に実験に要した時間は意外と一年くらいでまとめりえます。留学中の2年間でそれを実感しました。しかしそのためにはvision and hard workが必要で、visionの方は僕に責任がありhard workは彼ら本人の問題です。この二つがしっかりすれば、一年一本は可能です。
3.京大皮膚科の医局の繁栄
産業医大にいっていつも感じるのは、みんながどんどん自主的に動くようになってきていて、頼もしくなってきている、ということです。
京都の僕と一緒に働いているメンバーも確実にいい方向に向かっています。京大が京大たる仕事を世界に発信できるように頑張ります。
4.メールの管理
メールに振り回される時間が多すぎる気がします。うまく自分でコントロールできるように工夫を続けたいと思います
5.つらさ、くやしさ、怒りを笑いやユーモアに昇華する

の5つに決めました。

2009年1月 2日 (金)

謹賀新年

明けましておめでとうございます。
今年はどんな年になるのか楽しみです。
お忙しい中このブログにわざわざ立ち寄ってくれている方にとって良い一年となりますよう祈念しています。
今年もよろしくお願いいたします。

 かばしま

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