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2009年11月 6日 (金)

Who is he?

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とある某A先生が夜10時半頃うちのラボを訪問してくださりました。
3人が頑張って働いてくれていてホッとしましたよ。
写真を取ってくれたのは、谷﨑君です。
激励してもらい、3人も遅くまで頑張っていた甲斐が会ったというものです。

ちょうど僕とA先生は10才違いなのです。僕の心の中にもいくつかのA先生に対する思いがあります。ここには書きたくないので、書きませんが、自分にとってとても大きな存在の方です。

接触皮膚炎・皮膚アレルギー学会と国際学会の合同集会


本日より、京都国際会館で開催です。
僕も話す機会を与えていただきましたので微力ながら本会を盛り上げたいと思っています。
今日は午前中に金属アレルギーのwhat’s newという感じのお話をさせていただきました。
接触皮膚炎とも少しかぶらせての最近の話題のoverviewをいたしましたが、聴衆のほとんどが臨床の方ですので、なじみのない人には聞きづらい内容だったかも知れません。

金属アレルギーは、診断方法のさらなる向上が求められていますし、さらに、金属そのものの生体への影響は、これからしばらくトピックであることが続くと思われます。

国際学会の方は、藤田衛生保健大の松永先生、国内学会の方は、産業医大の戸倉先生が会頭です。土曜は興味深い内容が盛りだくさんですので、是非お立ち寄りください。あと、合同での学会開催というのは、相乗効果がうまれていいですね。学会を開催するのはお金や労力がとてもかかりますので、今後はこういう流れがより進むのではないかと思いますが、いかがなものでしょう?

2009年11月 3日 (火)

久方ぶりにMIHO museumへ

お目当てはもちろん若冲ワンダーランドです。「鳥獣花木図屏風」の展示がそろそろ終わると事で午前中頑張っていってきました。
http://f.hatena.ne.jp/jakuchu/20060511101214
伊藤若冲のすごさを改めて感じさせられましたね。最近はもうめっきり美術館やら行かなくなってしまいましたが、彼は別格です。宇宙人というか、未来からきたんではないか、と思わせるような異次元の作品ですから。

これらの宗教関連施設は、MIHO museumのみならず他の建築物なども凄いです。Peiの設計のみならず、中村外二工務店も入っているようです。

午後は、ラボに行きましたが、多くのメンバーが頑張って仕事していました。頼もしい限りです。

2009年11月 2日 (月)

京都大学東京オフィス

http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/tokyo-office
この存在ってご存知でした?
先日出張の合間に時間が空いたので品川で乗り換えついでに寄ってみました。
というか一世代前のmacbook proのバッテリーはホントいけてなくて、途中途中でバッテリーがなくなるんですよね・・・。そのための補充のためもありました。そういえば、先日は、夜中にある空港でバッテリーがきれてしまったので、ずっと公衆トイレの中にあるコンセントから電気を取って仕事をせざるを得ないこともありました。

さておき、このオフィス凄くいいです。眺めもいいし、雰囲気もいい。ただ、京大の広告のビデオが流れていて、その音がうるさいのが玉に瑕ですが。

僕がいた2時間の間僕以外に利用者ないのに、二人も受付の人がいて、このまま利用者が少なければなくなってしまうのでは、と危惧します。
それならそれで仕方ないのですけど、せっかくなので宣伝しておきます(>京大関係者へ)。

2009年11月 1日 (日)

出張明け、日本の食卓

出張があけて大学に行くと書類が机の上にどっちゃり。
まだ1日日曜があって良かったです。これから片付けないと。

僕はテレビあまり好きでないですが、サンデーモーニングとサラリーマンNEOは結構好きで、今朝久しぶりにサンデーモーニングみました。
寺島さん、江川さん、岸井さんともにいつもいいコメントしてくれて、なんとなくすっきりして、しかも今後日本がどういう方向をめざせば明るくなるか、という方向性が見えてくる気がするんですよね。
今日の「風を読む」は、「日本の食卓」がテーマで、ファミレスの代名詞でもあったすかいらーくの最終店がついになくなったとのこと。
日本人の食卓のあり方は確かにどんどん変化しています。僕も小さな頃はちゃぶ台でした。今はコンビニや百貨店の地下で弁当を買って一人で食べることを個食(孤食)というそうですね・・・。
江川さんのコメントで、昔は家族で食事をしながら叱られたりして嫌なことを指摘されたりする時間が家族の中にあったのに、今はなくなった、とのこと。確かにそうですね。人に怒られたり、注意される機会は本当に少なくなりました。
自分も未熟ではあるけれど、これからさらにどんどんとそういう中で育った若い世代が医局やら研究室に来るわけで、そういう人たちに時にしかったりしてあげられたりするのは、これからの医局や研究室の大切な役目の一つかも知れない。どうしてそこまでしなくてはならないのか、という思いもありますが、でもこの問題は自分の中でこれからも考えていくべき大切な問題だと感じます。

とりあえずうちのラボのいいところは、お昼は必ずみんなで誘い合って一緒に食べに行くところです。

2009年10月31日 (土)

厚労省班会議「肥大性皮膚骨膜症における遺伝形式をふまえた新しい病型分類の提言と既存治療法の再評価」


国立成育医療センターの新関班長のもと、研究分担者としてお手伝いさせていただいています。秋田のホテルを5時58分のバスで空港に出発し、成育医療センターに行って、その班会議に参加してきました。夜型(先日慶應のO先生と愛媛のH先生にKing of Nightというmiddle nameをいただきました。ちょっと聞こえは嫌らしくもありますが、単に夜型という意味です)の僕に早起きは大変です。それにしても成育医療センターの素晴らしいこと、この子供病院は世界に誇れる施設という印象を持ちました。

さて、この疾患と僕の関わりは不思議なもので、産業医大に赴任したての頃に外勤先の病院で、整形外科の先生から紹介されたのがこの患者さんだったのがきっかけです。留学中はどっぷりの基礎研究だったので、臨床研究をやりたいと思ってましたので、Fibroblastは自分にとって未知の領域でしたが、患者さんのfibroblastをとって培養したりして(コントロールに自分の皮膚も使いました)の地味な臨床研究が始まりました(後、大学院の坂部君が加わってくれて実験がグンと進みました)。
恐らく当時この疾患の研究をしていたのは日本では僕だけだったのでは?と思ってましたし多分そうだったのだと思いますが、昨年新関先生が代表で「厚生労働省難治性疾患克服研究事業」にこのプロジェクトが採択されて、お声をかけていただきました。
正直この研究テーマは自分の得意分野でない実験で仕事がひとまとまりしたら撤退する予定でしたが、今回の班会議に参加してみて、未だやるべき大切な事が幾つか残っていて、チャンスがあればもう少しやりたい、という意欲が湧いてきました。
僕はやはり臨床医で本当に良かった、というか、そちらの方が自分に向いています。臨床のゴールが見えない研究よりもそれがたとえbasic scienceの世界では大きなテーマでなくてもその方が自分の中でモチベーションが明らかに上がりますから。大物研究者になれない典型のような気がしますが、これからも一つ一つ目の前の問題を解決することにまずは取り組みます。
審良先生はやはりあまりにも遠すぎる・・・・・

2009年10月29日 (木)

秋田へ(アレルギー学会)

アレルギー学会の教育セミナーのために秋田へ。秋田は3回目ですが、市内に行くのは初めてで、ちょっとワクワクします。何しろ昨日日帰りの産業医大出張で、今朝6時おきで秋田入りなので、若干お疲れモードです。
講演は前回の時間オーバーの二の舞は繰り返さず無事終了。
その後、留学時代の朋友(http://www005.upp.so-net.ne.jp/arasyu/)と再会して午後はご機嫌モード。学会終了後は、秋田温泉に昔から行ってみたかったので、タクシーを走らせて秋田温泉プラザへ。温泉は泉質を確かめるため味見するのを常としていますが、ここのは無色透明でありながらちょっと初めてのタイプの味加減。なかなかいけてます。
その後は、夜の秋田の居酒屋でハヤハタ塩魚汁や刺身と天寿というお酒でのんびり(きりたんぽはさほど好きでないのでパス)。もともと一人旅好きなので、疲れもかなり癒されました。
明後日二つ話をしないといけないのでその準備と、これから後輩の論文を二つみないといけません。

ふと思い出しましたが、そろそろアレルギー専門医の試験も受けないと。
一応去年の試験問題を買ってぱらぱらみましたが、内科系のこともちょっと勉強しないといけなさそうです。アレルギーを幅広く勉強するいい機会かも知れません。
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審良先生の文化功労賞

京大でなく、阪大からというのがちょっぴり残念な気がしますが、研究をやっている人間の一人として、素直にうれしく思います。基礎研究が国民に認められるということは、本当に大切なことで、それがなければ、研究費も国から来なくなるわけです。山中先生や審良先生などの世界で認められる研究を続ければ、より日本の中でも基礎医学研究の重要性が広まりますから(でも、だからといって、そういう大御所ばかりに研究費を集中させられるとこちらはつらいのですが)。
ちらりと産経のweb newsをみると、
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/091028/trd0910280014000-n1.htm

 「自分たちの研究室で『これをやれば世界で勝てる』というテーマを選ばないと。面白いから、流行だからと選んだものでは負ける。テーマ選びは大事です」と話す。
 「私がいないほうが、若手研究者が自由に議論できる」と、午後5時ころに研究室を後にするが、自宅でも海外からのメールをチェックし情報収集に努める。
 「新しい方向を目指していかないと、日本は免疫分野で世界トップレベルを保てない」と、新たなテーマを模索中だ。最近の免疫学を紹介する一般向けの本を書きたいとも考えている。

とのこと。特に最初の台詞が彼の研究への姿勢を表している気がします。賛否両論あるかと思いますが、僕はこういうスタンスの研究は当然あって然るべきと考えます(自分も指導者としてグループのみんながスムーズに研究を行ってもらうために、同様の発想を常に持っておかないとならないです)。

2009年10月28日 (水)

実験助手さん

先ほど慶應の久保さんから「妹分をよろしく」とのコメントが。
そうなんですよ、慶應皮膚科の久保さんが月田研で教えてくれてた方なんですよね。
インタビューを初めて10秒後には採用を決めてました。
僕にとってはじめての実験助手さんの採用なので、彼女が満足してもらえるかわかりませんが、こちらとしては、とても楽しみにしています。

2009年10月27日 (火)

仕事が山積みだ


処理できていない仕事が山積みになってしまい、気分は晴れません。これまでのなかで最も仕事が溜まっている状況かな、と思います。そんな中、来年の3月までですが、ついに実験助手さんを雇うことになりました。
とてもよさそうな方で、ホッとしています。僕は、これから実験助手さんを二人雇って、仮にどちらかがやめたりしても残った方が新しく雇う人を教えたりすることでサポートしあえるような体制作りが必要だと感じています。
そのための第一歩です。そのためには、さらにしっかり研究費を獲得しなければならず、そのためには申請書を書いたりして、より忙しくなるわけです・・・。
このサイクルはつらいけれど、その先には面白い研究が待っているので頑張らざるを得ません。

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